Integrate and Fire Neuron Model

活動電位発生の分子メカニズム

基本的事項から
神経細胞の活動を、分子レベルで理解するためには、イオンポンプ、イオンチャネルの理解が不可欠である。これらの作用により、細胞膜を挟んでイオンによる電気化学的勾配が作られ、ニューロンに電気的活動を許す下地ができているのである。

K+(カリウムイオン)の細胞内の濃度は細胞外よりも数十倍高いが、Na+(ナトリウムイオン)においてはこの逆の関係が成り立っている。この濃度差は、Na+-K+ポンプによって保たれている。このポンプは生体内の普遍的なエネルギー媒体であるATPによって駆動され、Na+を細胞外に、K+を細胞内に輸送する。Na+-K+ポンプの役割として、大きく以下の3点を挙げることができる。第1に、電気的性質を説明する。興味深いのは、この陽イオンのやりとりが、電気的に不均衡に行なわれているということである。ATPを用いたポンプの働きにより、Na+は3個細胞外に運び出され、代りにK+は2個細胞内に運びこまれる。つまり、このポンプによるイオンの輸送は起電的なのである。これにより、細胞内部は外部に比べて電位が低くなる。この作用は、膜電位の生成に10%ほど貢献している。

第2の、そしてより重要な働きは、細胞の浸透圧を調整することである。細胞内には電荷を持つ生体巨大分子が存在するため、それを電気的に中和するためには無機イオンが多数存在しなければならない。巨大生体分子は、分子数としては1つであるが、無数の無機イオンを対イオンとして持ってしまう。これにより、小分子濃度は、細胞内部の方が外部に比べて大きくなってしまう傾向がある。そのため、細胞内に水を引き込むように浸透圧勾配ができる。この状態を、細胞がただ受動的に許容すれば、浸透圧勾配に従って水が細胞内部に流れ込み、細胞の破裂を招いてしまう。特に、Na+は細胞外部の方が内部に比べて濃度が高いため、電気化学的勾配に従って細胞内部に流れ込む傾向があり、放っておけば浸透圧勾配はさらに大きくなってしまう。この問題を解決しているのがNa+-K+ポンプである。Na+-K+ポンプは大きな電気化学的勾配に従って細胞内部に入り込んでしまうNa+を能動的に排出して浸透圧を維持することに貢献しているのである。濃度勾配、浸透圧勾配、電気化学的勾配の見事な平衡状態により、生物の細胞は機能している。

Na+-K+ポンプの第3の役割は、細胞内外にNa+の大きな濃度勾配を作ることで、Na+の細胞内への自然な流入を溶質輸送、pHの調整と共役させることである。ポンプによってくみ出されたNa+は、電気化学的勾配に従って細胞内に戻ろうとする。この際、糖やアミノ酸を一緒に細胞内に輸送する膜分子メカニズムが知られており、溶質の能動輸送に貢献する。またNa+の流入とH+の流出を共役させる系も知られており、これにより細胞内のpHを調整することも可能である。酵素類の活性にはpHが致命的に影響してくるため、これも重要な役割であるといえる。

イオンチャネルと活動電位
イオンチャネルとは、チャネルタンパクによって形成された膜内の親水性の小孔であり、無機イオンの受動的輸送に役だっている。イオンチャネルは、エネルギー源を必要とするイオンポンプとは逆方向の輸送を担っており、イオンの選択性が高く、毎秒100万個以上のイオンを迅速に通過させる。だが、チャネルのゲートは常に開いているわけではなく、その多くは特定のシグナルを受けることで短時間だけ開くようになっている。イオンチャネルを開放させる刺激としては、電位の変化(電位依存性イオンチャネル)、リガンド分子の結合(リガンド依存性イオンチャネル)、神経伝達物質(伝達物質依存性イオンチャネル)、イオン(イオン依存性イオンチャネル)、ヌクレオチド(ヌクレオチド依存性イオンチャネル)などがある。最も普遍的なイオンチャネルは、K+の通過に関わるもので、これが膜電位の発生に大きな役割を果たしている。

中でも重要なものは、K+漏洩(リーク)チャネルと呼ばれるものである。このK+チャネルは、上述したようなチャネルを開閉させる刺激がなくても開くので、漏洩チャネルと呼ばれる。動物細胞では、Na+-K+ポンプによって細胞内のNa+濃度を低く保つことで細胞膜の浸透圧の平衡を守っている。そのため、細胞内の有機分子の負電荷を相殺するのは、K+漏洩チャネルを通して取り込まれるK+によって主に行なわれている。このように、K+に関しては、過剰に負電荷の存在する細胞内に入り込もうとする電気的吸引力と、K+を濃度勾配に従って細胞外に排出しようとする力とがつりあう平衡状態が形成される。膜電位とはこの力関係の表れである。膜を横切って流れる正味の電流がない状態を、細胞の静止膜電位という。この平衡関係はネルンストの式と呼ばれるイオン濃度の関係式によって定量的に記述することができる。

活動電位
脊椎動物の典型的なニューロンは、主に電気インパルスを伝達する軸索、他ニューロンからの入力を受け付ける樹状突起、そして細胞体の3部分から成る。ここではまず、軸索がいかにして活動電位を伝達するのかについて述べる。

活動電位の発生に重要な役割を果たすのは、電位依存性陽イオンチャネルである。膜電位は前述したような理由により、通常はマイナスに荷電しており、これを分極している状態と呼ぶ。活動電位は、脱分極によって、膜電位の負の値が小さくなることによって生じる。ある程度以上の大きさの脱分極が進行すると、電位依存性Na+チャネルが開き、Na+が電気化学的勾配に従って細胞内に流入する。それによって脱分極はさらに進行し、さらなるNa+の流入を呼び込む。このポジティヴフィードバック機構によって、膜電位は静止状態の-70mVから一気にNa+の平衡電位である+50mVに、1msほどで到達する。この時点で、Na+の流入は静止する。Na+チャネルは、すぐに不活性状態に陥り、数ミリ秒間はその機能を停止し、やがて分極状態へと戻ってゆく。

このNa+チャネルの不活性機構に加えて、(遅延性)電位依存性K+チャネルも活動電位の発生に重要な役割を果たしている。K+チャネルが開くと、Na+の流入を凌駕するK+の流出が起き、これにより膜電位は素早くK+の平衡電位にまで引き戻される。

これらのチャネルが軸索上には無数に並び、通りすぎた箇所のNa+チャネルはしばらく不活性化されることも手伝って、素早い一方向への活動電位の伝達を可能にしている。これらのことは、主にイカの巨大軸索を用いて調べられた。

EPSPとIPSP
引き続いて、他ニューロンからの入力を受け付ける、樹状突起、あるいは細胞体部分の電気活動に話を移す。他のニューロンの軸索末端のシナプスには、ニューロンを興奮させるものと抑制させるものが存在する。興奮性シナプスからの入力を受けたニューロンは、小規模な脱分極を生じる。これを、興奮性シナプス後電位(EPSP)と呼ぶ。また、抑制性シナプスからの入力を受けたニューロンは、抑制性シナプス後電位(IPSP)を生じる。これら個々の電気的活動は、ローカルなものであり、神経細胞全体のレベルとしては、果たす影響は微々たるものである。また、これらのローカルな神経活動は、時間的、あるいは空間的に減弱してゆくため、時間的、空間的にある程度集中して入力が来ない限り、大きな神経活動にはならない。これを、シナプス後電位の時間的総和、あるいは空間的総和という。

神経細胞の活動電位の発生
神経の活動電位は、軸索起始部(axon hillock)で発生する。ここには、複数の種類のイオンチャネルが集中しており、高頻度での神経活動の生成を可能にする巧妙なメカニズムが構成sれている。EPSP、IPSPの時間的、空間的総和が十分に大きくなると、電位依存性Na+チャネルが開き、上述したメカニズムにより大きな活動電位が発生する。次に、電位依存性の遅延性K+チャネルがNa+チャネルの活性化の後すぐに開き、膜電位を次の活動電位の発生に備えて素早くK+の平衡電位へと引き戻そうとする。

さて、活動電位は、どのようにして情報をコード化しているのであろうか?一つの神経細胞が活動電位を発生する際に変化しうるのは、活動電位の発生頻度それのみである。つまり、PSPの時間的空間的総和が中途半端に大きいときには、中途半端な時間間隔で活動電位を発生させ、入力がものすごく大きいときには、ものすごい高頻度で活動電位を発生するべきである。それを可能にするのが、軸索起始部の次の3種類のイオンチャネルである。

初期K+チャネルは、電位依存性ではあるが、その電位感受性は特異であり、発火の閾値を少し超える程度の刺激に対しては、発火の頻度を下げるように働く。また、ニューロンの活動には順応と呼ばれる現象があり、長時間一定の連続刺激にさらされすぎたニューロンは、一定の刺激に対する反応が鈍くなる。これには、電位依存性Ca+チャネルとCa+依存性K+チャネルが関与している。電位依存性Ca+チャネルは、活動電位の発生に伴い、細胞内にCa+イオンを流入させる。その繰り返しによって、Ca+が十分な量に到達すると、今度はCa+依存性K+チャネルが開き、K+の流入によって膜電位を下げるようになるのである。

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