Brain Science & Eye Movement

smooth pursuit
サルや人間は、中心か(fovea: 網膜上で最も解像度の高いところ)が発達しているため、興味ある対象をfoveaで捉え、滑らかに追跡することができる。一見、簡単に思えるこの眼球運動は、実はネコやウサギにはできない高級な運動である。この眼球運動の発現には、注意が必要であり、生後数週間の人間の赤ちゃんは、注意力の不足から長くsmooth pursuitを続けることができない(Lengyel et al. 1998)。古くから行なわれてきたシステムレベルの理論的研究や行動実験に加え、近年の解剖学的理解の進展と、様々な生理実験、薬物破壊実験から、smooth pursuitに関する図のような神経回路が明らかになってきた。

smooth pursuitは、視標速度と眼球速度の差によって表現される網膜上の滑べり(retinal slip)の情報によって駆動される、フィードバック制御系である。フィードバック制御系は、生物にとって不可避である時間遅れの存在によって不安定になる性質を持つため、制御工学の観点からもsmooth pursuitは興味深い系であるといえる。そのため、主にブロックダイアグラムを用いたシステムレベルでの研究も盛んに行なわれてきた。そのような理論的研究は、数え出せば枚挙にいとまがないし、その研究目的も様々であるため、ここでは、Krauzlis and Lisberger(1994)の記述に基づいた2種類の分類法を適用したい。

smooth pursuitは、眼球が視標に追い付いてから(維持相)でも、3Hz〜6Hzで視標速度よりも大きくなったり小さくなったりという微小な振動を繰り返している。普通にsmooth pursuitをさせた場合、2Hzでもゲイン1は得られなくなることを思えばこれはかなりの高周波数である。このpursuit維持相での振動は、いかにして作られるかということをめぐって、"internal feedback model"と"image motion model"の二つが提案されている。internal feedback modelは、Robinsonらによって提案された(Robinson et al. 1986)。これは、閉ループsmooth pursuitモデルの内部に、さらにフィードバックループを作って、その時間遅れを調節することでpursuit維持相の振動を再現しようというものである。一方、Krauzlis and Lisberger(1989)によって提案されたimage motion modelは、高周波数成分を通すパスを並列に作って、内部にフィードバックループを作らずに前向きに処理しようというものである。

しかし、最近、第3のモデルの存在が示唆されている(Churchland and Lisberger 2000)。pursuit switch、オンラインゲインコントロール、engagementなど複数の名称を持つメカニズムがそれである。ここでは、オンラインゲインコントロールという名称にて統一したい。オンラインゲインコントロールと関連した研究を、いくつか紹介しよう。

Morris and Lisberger 1987
小さな網膜位置誤差をsmooth pursuit実行中に連続的に与えると、なめらかな加速を引き起こすが、固視点を注視しているときだとpursuit開始にはつながらない。小さな網膜速度誤差だと、pursuit 実行中も、固視点を注視時も同様に影響を受ける。これは、位置誤差情報は、pursuitシステムが活性化されてはじめて影響を与えるようになるということである。また、smooth pursuitの開始は、位置に関する誤差情報ではなく、速度に関する誤差情報によって引き起こされることを意味する。

Goldreich and Lisberger 1992
サルのsmooth pursuit維持相の振動周波数は、約6Hzもある。しかし、6Hzでサイン波状に動くターゲットをただsmooth pursuitさせるだけでは、当然のことながら十分なゲインは得られない。この明かな矛盾は何故起きるのだろうか?fixation pointを見つめているときと、等速直線運動をしているターゲットを見つめている(すなわちpursuitしている)ときに、小さな振幅で、周波数の高い振動をターゲットに与えて、眼球運動が受ける影響を調べた。すると、前者の条件よりも、後者の条件の方が、高い周波数成分に対するゲインが得られることが分かった。smooth pursuitシステムは、高い周波数成分を通すための何らかのスイッチ機構を持っていて、pursuit維持中にはそれがオンになるのかも知れない。

Grasse and Lisberger 1992
産まれながらにして、上方向のsmooth pursuitの初期相に異常のあるサルを用いて実験を行なった。下方向のsmooth pursuitは正常であるのに対して、上方向は眼球が動き出してから20msまでは滑らかな加速を得られるものの、その後断続的なサッケードを起こす。視標としてスポットターゲットを用いた場合や、テクスチャー背景刺激を用いた場合、この上下非対称性は見られなかった。つまり、このサルのvisual motion processing自体は正常である。下方向にpursuitしている時に視標を減速することで上方向への加速度を与えた場合、pursuit速度が上向きにプラスになるまでは、なめらかな加速度が得られた。これらのことは、上方向へのpursuitターゲットの加速度が上方向へのpursuitシステムを活性化できない---上方向のpursuit switchをオンにできない---ということに起因している可能性がある。

Schwartz and Lisberger 1994
smooth pursuit実行中に、視標に外乱を与える実験を行なった。pursuitの速度が大きいほど、外乱によって引き起こされる眼球運動は大きかった。また、視標の動いている向きとは逆向きに視標速度を乱すよりも、同じ向きに視標速度を乱した方が、眼球運動の受ける影響は多かった。これは、pursuit switchに連続性があり、向きに関する感受性も存在することを示す。

参考文献

Churchland M. M., Lisberger S. G.,
J. Neurophysiol. : 216-235, 2000

Goldreich D., Krauzlis R. j., Lisberger S. G.,
J. Neurophysiol. 67: 625-638, 1992

Grasse and Lisberger,
J. Neurophysiol. 67: 164-179, 1992

Krauzlis R. J., Lisberger S. G.,
Neural Comp. 1:, 116-122, 1989

Krauzlis R. j., Lisberger S. G.,
J. Comp. Neurosci. 1: 265-283, 1994

Lengyel D, Weinacht S, Charlier J, Gottlob I,
Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 236: 440-444, 1998

Morris E. J., Kisberger S. G.,
J. Neurophysiol. 58: 1351-1369, 1987

Robinson D. A., Gordon J. L., Gordon S. E.,
Biol. Cybern. 55: 43-57, 1986