我々の研究室では、人間の歩行メカニズムの理解を目指して、米国Duke大学Miguel Nicolelis教授 との共同研究により、サルの脳活動を用いたヒューマノイドロボットの歩行制御手法に関する研究を行いました。
この歩行制御技術は、近年特に医療分野への応用が期待されているブレインマシンインタフェース(BMI)技術の一つと考えることができます。 (運動出力型) BMIは、脳活動情報から自らの身体を介さずにロボットデバイスなどを制御するための技術です。
本研究においては、前節において紹介した歩行制御モデルに基づいて、(動画参照)に示すようなトレッドミル歩行中のサルの一次運動野の脳活動から歩行運動を表現する位相情報を抽出し、その位相情報をもとにヒューマノイドロボットを制御する手法の開発を行いました。
サルの大脳皮質活動の情報をネットワークを介して伝送(米国〜日本間)、リアルタイムでヒューマノイドロボットの歩行軌道の生成を行いました。トレッドミルの上を歩行中のサルの一次運動野の約300個のニューロンの活動からデコードされた、サルの歩行パターンをインターネットを用いて伝送し、その伝送されたデータに基づいて、ヒューマノイドロボットの脚部の制御を行いました(IMG1)。 このようなシステムを用意することで、将来的にサルがヒューマノイドロボットを制御することを学習するなどの実験を行うことが可能となります。
多重電極を用いたBMIシステムを構築する場合、一般にスパイクソーティングによって電極から検出される情報から個々のニューロンの活動を同定します。本研究においては、約100本の電極から約150〜300個のニューロン活動が同定され、その活動情報から歩行に関する情報を抽出します。その際、目的とする歩行に関する情報を表現することに全てのニューロン活動が貢献しているわけではありません。
またBMI技術においては多くの場合、情報抽出のためのパラメータをあらかじめオフラインで設計します。しかし、その後オンラインで目的とする情報を脳活動から抽出する場合に、必ずしもオフラインで設計したパラメータが適切であるとはいえないため、脳活動から得られる情報表現を確率分布によって表すことが適切であると考えます。
本研究では、脳活動から得られる情報表現をベイズ推定によって推定することにより歩行の情報を表現しているニューロンの選択や抽出される情報を確率分布で表現することを行いました。
サルの脳活動を用いて実際に歩行運動をヒューマノイドロボットにおいて実現するためには、サルとヒューマノイドロボットの運動学的および動力学的な相違から脚軌道をそのまま再生するだけでは、ヒューマノイドロボットは歩行を行うことはできません。そこで、本研究ではサルの歩行の位相情報を、歩行の特徴量と考え、サルの歩行中の脳活動から位相情報を抽出し、その抽出した位相と同期するようにヒューマノイドロボットの歩行を制御しました。
本研究では、サルの脳活動から位相情報を抽出するために状態推定器を用い、脳活動から抽出される情報をベイズ推定によって分布表現をしているので、状態推定器を用いることで、その抽出された情報の確信度を有効に用いることが可能となります。また、位相情報の更新に関する内部モデルを持つことにより、急なサルの歩行パターンの変化に対して、頑健に対応することができます。
サルの脳活動から抽出した位相情報をもとに、ヒューマノイドロボットCBiの歩行実検を行いました。(IMG2)に示すように、サルとヒューマノイドロボットは脳情報を介して同期することが可能となりました。そのときのヒューマノイドロボットの歩行の様子を(動画参照)に示しています。これらの結果は脳情報を用いた歩行再建システムの構築に役立つ知見となると考えられます。