睡眠中の脳活動パターンから見ている夢の内容の解読に成功
概要
ATR脳情報研究所・神経情報学研究室の神谷之康(かみたにゆきやす)室長らのグループは、睡眠中のヒトの脳活動パターンから見ている夢の内容を解読することに成功しました。この成果は、4月4日(米国東部時間)発行のScience誌オンライン版(Science Express)に掲載されます。
この研究では、機能的磁気共鳴画像(functional magnetic resonance imaging, fMRI)装置を用いて睡眠中の脳活動を計測し、被験者を覚醒させ直前の夢の内容を言葉で報告させる手続きを繰り返しました。一般的な物体(「本」、「クルマ」等、約20の物体カテゴリー)の有無を脳活動パターンから予測するパターン認識アルゴリズムを構築し、睡眠中の脳活動を解析することで、夢に現れる物体を高い精度で解読することができました。また、夢内容の予測には、実際に画像を見ている時に活動する脳部位のパターンが有効であることから、夢を見ている時にも、画像を見ている時と共通する脳活動パターンが生じていることが分かりました。
本研究は、脳活動を計測することで、主観的な夢内容の解読が可能であることを初めて示したものです。この方法は、夢だけでなく、自発的に生じる脳活動の機能の解明やブレイン-マシン・インターフェース、心理状態の可視化に応用する事が期待され、想像・幻覚などを解読することによって精神疾患の診断に貢献することが期待されます。
背景
夢の内容は、「夢占い」や「夢判断」など古来人々の興味を引く対象で、その機能や意味についてさまざまな考察がなされてきました。しかし、夢の内容は、本人にしかわからない、すぐに忘れてしまう、などの理由から、客観的に調べることが難しい対象でした。夢の内容を実験的にコントロールすることは一般に困難で、夢に関連する脳活動を取得する方法も確立していませんでした。
神谷室長のグループは、これまで、ヒトの脳活動信号をパターン認識アルゴリズムによって解析し、知覚内容や身体の動きを解読する「脳情報デコーディング技術」の開発を行ってきました。この技術は、脳活動信号に表現されている詳細な情報を読み出すための有効な手段として、神経科学の分野において広く利用されています。しかし、これまでの研究では、実際に画像を見ている時や課題を行っている時の脳活動を対象としていて、夢に代表されるような、外部からの刺激と関係なく脳が自発的に生み出すイメージの解読は行われていませんでした。
研究内容
今回、ATR脳情報研究所・神経情報学研究室の堀川友慈 (ほりかわともやす;奈良先端科学技術大学院大学−ATR教育連携研究室・博士課程; 現・ATR研究員)、玉置應子研究員(たまきまさこ;現・ブラウン大学)、宮脇陽一研究員 (みやわきよういち;情報通信研究機構;現・電気通信大学)と神谷之康室長(かみたにゆきやす;奈良先端科学技術大学院大学・客員教授)は、脳情報デコーディング技術を、睡眠中のヒトの脳計測データに適用することで、睡眠中の脳活動パターンから夢に現れる物体の情報を解読することに成功しました。
*( )内は氏名よみ、現職もしくは兼務先を表記。
この研究では、3人の被験者に脳波計 (EEG)を装着した状態でfMRI装置の中で眠ってもらい、睡眠中の脳活動の計測を行いました (図1)。脳波をモニターしながら睡眠状態の判定をリアルタイムに行い、夢見と強い関連があると知られている睡眠脳波のパターンが生じたタイミングで被験者を起こし、直前まで見ていた夢の内容を報告してもらいました(報告時間、平均約30秒)。得られた報告を記録し、再び被験者を眠りにつかせる、という手続きを何度も繰り返すことで、夢報告とそれに対応する脳活動データを大量に取得することができました(各被験者、約200回の夢報告)。
夢報告に現れる単語(物体や風景を表す名詞)を抽出し、言語データベースを用いて解析することで、非定形な夢報告文を主要な物体カテゴリー(「本」、「クルマ」等、約20個のカテゴリー)の有無を表現するベクトルに変換しました。また、主要な物体カテゴリーに対応する画像をウェブ上の画像データベースから収集し、それらの画像を見た時の大脳視覚野の脳活動を使って、物体情報を解読するパターン認識アルゴリズム(デコーダ)を構築しました。言語・画像データベースを用いて、コントロール困難で不定形な夢報告データを定量的に扱えるようにした点が、本研究で開発したデコーディング技術の特徴です。
このデコーダを睡眠中の脳活動に適用することで、夢に現れる物体カテゴリーの情報を解読することに成功しました (図2)。デコーダは、睡眠中の脳活動データが与えられると、各物体カテゴリーが存在する度合いを示す「スコア」を出力します。とくに覚醒直前(0-15秒前)の脳活動を用いた場合に夢の報告に現れた物体カテゴリーが高い値を示しました。これは、夢報告の内容が覚醒直前の脳活動を反映していることを示しています。それ以前の脳活動は夢内容を表現していたとしても覚醒時には忘れてしまって報告することができないのかもしれません。視覚野を分割してそれぞれの部位でデコーディング精度を比較すると、後頭葉から側頭葉にかけて広がる高次視覚野を用いた場合に高い精度が得られることが分かりました。高次視覚野は、これまでの研究から物体画像に対して強い活動を示すことが知られています。したがって、夢を見ている時にも、画像を実際に見ている時と類似する脳活動パターンが生じていると考えられます。また、報告に含まれる物体カテゴリーだけでなく、それと関連性が高いカテゴリー(たとえば、「クルマ」に対して「道路」)も高いスコアを示すことから、報告はしなかったが実際には夢に現れていた物体がデコーダの出力に反映されている可能性があります。
今後の展望
今回の研究では、睡眠中の高次視覚野の脳活動から夢に現れる物体の情報を高い精度で解読できることがわかりました。一方、夢の中に現れる色や形などの画像特徴を解読できるかはまだ明らかではありません。また、夢には視覚的な要素だけではなく、体の動きや感情などの要素もあります。今後このアプローチを応用・発展させることで、より多様な夢内容の解読が可能かどうかを検証していく予定です。また、この方法は、夢だけでなく、想像・幻覚などを解読するために用いることもでき、ブレイン-マシン・インターフェース、心理状態の可視化、精神疾患の診断など広い分野での応用が期待されます。
本成果はScience誌オンライン版(米国東部時間2013年4月4日発行)に掲載されます。本研究は、奈良先端科学技術大学院大学、情報通信研究機構との共同で行われました。fMRI計測については、ATR脳活動イメージングセンタの協力を得ました。また本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム課題A「日本の特長を活かしたブレインマシンインターフェースの統合的研究開発」、日産科学振興財団の支援により実施されました。
論文タイトル
Horikawa, T., Tamaki, M., Miyawaki, Y., & Kamitani, Y. (2013). Neural decoding of visual imagery during sleep. Science, 340(6132), 639-642.
(「睡眠中の視覚イメージの神経デコーディング」)
図1. 実験の概要。EEGを装着してMRI装置の中で眠っている被験者の脳活動を計測した。夢見に関連する特徴的なEEG波形が観測されたタイミングで被験者を起こし、夢内容の報告をさせた。覚醒前の脳活動パターンから夢に現れる視覚対象を解読し、夢報告の内容と比較した。
図2.文字が現れた、という夢を見ている時の脳活動に対するデコーダの出力(スコア)の時系列。各色の線は、異なる物体カテゴリーの出力スコアを表す。覚醒前の脳活動に対して文字カテゴリーの出力スコアが高くなっている様子が示されている。右は、覚醒直前のデコーダの出力を「タグクラウド」で表示したもの。文字の大きさがスコアを表す。
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