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セッション1:
基礎研究の現状把握

開催のご挨拶

脳・脊髄損傷後の機能回復に
関する研究の動向

脳の損傷・病態モデルによる研究:
パーキンソン病を中心に

サル上丘ニューロンの活動に
もとづく意思決定過程の予測

多次元生体情報記録による社会的
文脈依存性神経活動の解明

セッション2:
工学

セッション3:
臨床

パネル討論・総括


伊佐 正
自然科学研究機構 生理学研究所

開会の挨拶として伊佐正先生が始めに脳を活かす研究会の現状と今後の予定について述べられました。

今回の「脳を繋ぐ」分科会が担う趣旨として、BMIなどの技術に脳科学の成果を活用させることによって障害を受けた人々のもつ機能を手助けしたいということを挙げられました。

これまでのBMIの中心的な流れは海外にあり、日本はこの分野の研究で既に10年は遅れをとっています。

単に米国の研究動向を追随するのではなく、日本独自のやり方で研究を進めることが必要です。

  • 基礎脳科学
  • 信号のDecoding技術 コンピュータ科学、情報科学
  • ロボット工学をはじめとする様々な工学分野
  • 電極開発技術
  • 神経倫理

以上のような幅広い研究の連携、共同研究の必要性があり、話題提供、情報交換をこの分科会でしあっていくことを述べられました。


伊佐 正
自然科学研究機構 生理学研究所

皮質脊髄路の損傷の後は手指を個別に動かすことが必要な巧緻運動に恒久的な障害が残ることが知られていましたが、サルの皮質脊髄路から運動ニューロンは直接経路に加えて、間接経路が存在することが判明しました。

そこで損傷を加えて直接経路を障害し、間接経路は残したサルの行動を観察したところ、1週間から2,3ヶ月の経過で手指の巧緻運動の回復がみられたということです。

このように、残存する経路の活用により機能回復を図ることができるということは神経リハビリテーションの可能性を考える上で重要なことです。

次に、このような残存する経路による機能代償がどのように行われるかを調べました。

これまでは脊髄レベルでの変化が見られてきましたが、障害という新しい状況に対応するために上位の中枢レベル、つまり脳がどのように学習をするかに注目されました。

PETによる非侵襲脳機能イメージング法を用いて機能回復の各段階における脳活動を解析したところ、回復初期は動かす手と反対側の一次運動野に加えて同側の一次運動野など、既に存在する神経回路の活動を増強させ、回復安定期には神経回路の可塑性によって運動前野などのこれまで手指の運動制御に直接関係していなかった領域まで活用されるようになっていることが分かりました。

また、このような脳の活動の変化によって、何が学習されているかについても調べられました。ものをつかむという運動を行う時に、脊髄に障害が起きた直後では一度物体に指先が当たったあとに指を開くというぎこちない運動が見られたが、回復が進むにつれて、正常時と同様にものをつかむ直前に指を開くという動作に変化していったとのことです。

現在はこのような神経回路レベルでの機能回復のメカニズムに加えて分子レベルにおいてもどのようなメカニズムがあるかを調べている段階とのことです。

最後に学習を修飾する(促進)する因子は何か?ということについて述べられました。サルは最初は麻痺がある側の手は動かないので使いたがらないが、そちらの手でもうまく成功することを一度でも経験するとモチベーションと注意が上がり、そちらの手を使うようになり学習が促進される様子を紹介されました。


南部 篤
自然科学研究機構 生理学研究所

大脳基底核とは脳の深部にあるニューロン群であり、随意運動をコントロールしている部位です。

大脳皮質と連絡が強く、ループ経路が形成されています。そのループ経路には直接路、間接路、ハイパー直接路の3つの経路があるとされています。直接路には脱抑制で運動を引き起こす(運動に対するブレーキを緩める)働きがあり、間接路・ハイパー直接路には不必要な運動を空間的・時間的に抑制する(ブレーキを強める、運動を選択する)働きをしています。

大脳基底核疾患によって引き起こされるパーキンソン病やジストニアといった疾患はこのような大脳基底核の経路における活動性の変化が異常に増減することで病状を説明できると考えています。

すなわちパーキンソン病の際には直接路の影響が弱くなり、間接路・ハイパー直接路の影響が強くなってブレーキを強め、運動を引き起こせなくなる症状がみられる。逆に、視床下核が壊れると直接路の影響が強くなり、普段はブレーキによって抑制されていた運動がランダムなタイミングで発現するようになりヘミバリスムスと呼ばれる不随意運動を示します。

大脳基底核疾患の治療法としては薬物療法が中心ですが、重症例や難治例に対しては脳深部刺激療法(DBS)等の定位脳手術が行われるようになってきました。しかし、脳深部刺激療法によって局所のニューロンを興奮しているか抑制しているかは議論が分かれるなど症状が改善されるメカニズムについては不明なことが依然多いままです。

南部先生は大脳基底核研究の立場から

  • 基礎研究;複数領野におけるニューロンの集団記録による、大脳基底核の機能や病態の解明
  • 臨床応用;脳深部刺激と同時に活動記録を行うことによる、基底核疾患の治療法への応用 DBSへの応用

の2点を「脳を繋ぐ」分科会に期待することとされました。

また「脳を繋ぐ」技術の進歩によって脳内にマイクロマシン・マイクロ工場を用いることによる局所の薬物注入による治療も実現可能ではないかという期待の言葉とともに講演を終えられました。


長谷川 良平
産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門

はじめに長谷川先生は脳を知る研究から脳を利用する研究へと移り変わってきているということを話され、御自身の経験からBMI研究に参加するためにどのような統計解析を行うのかという点について述べられました。

次に運動の実行という客観的行為だけでなく、運動の抑制という内的過程に関する意思決定を単一試行ベースで予測できるか?ということで、眼球運動の実行と抑制を必要とするGo/No-go課題を遂行中のアカゲザルの上丘(脳幹にある眼球運動中枢)から記録したニューロン活動の単一試行データを元に予測することを試みる研究について話されました。

記録したニューロンをオフラインで解析し、トレーニングデータを用いて各時間において回帰分析を行い、各試行に対して意思決定を推定する仮想意思決定関数(VDF)を導出し、各試行におけるVDFの変動から予測した意思決定の内容と実際のサルの意思決定の結果が一致したかどうかを比較したところ、ニューロン1個ずつでは80%以上、複数個ではさらに高い予測成績が得られたということです。

最後に、このような単一試行で高精度に予測を可能とする技術の開発は将来、重篤な障害をもつ患者さんが自由に意思伝達をできる装置の開発に貢献することができるのではないかとまとめられました。


藤井 直敬
理化学研究所 脳科学総合研究センター

ヒトというものは非常に社会的な生き物であると言われており、我々が行う行動は他者に強く影響されています。藤井先生は、そのような他者との関係の中で、自己の行動を環境とすり合わせる脳機能を社会的脳機能(social brain)という言葉で表現されました。

他者の存在によって自身の行動が変わってしまう時に脳ではどのようなことがおこっているのでしょうか?social brainがどのようなメカニズムになっているかということは解明されておらず、特に細胞レベルでのアプローチはほとんど行われていません。social brainのメカニズムを解明するには私たちがふだん生活しているような自然な状態で、多くのニューロンを多くの領野からそして多くの個体から同時記録することが必要であると述べられました。

そこで、2頭の上下関係をもったサルを対象に、上半身は自由に動くことができる状態において前頭前野と頭頂葉からの神経細胞活動の同時記録を行いました。またそのときの行動はモーションキャプチャ技術により詳細に記録されています。

四角いテーブルの周りに2頭のサルが3種類の相対位置で配置されました。テーブル上に置かれたエサをとる時のサルの行動と脳活動を調べてみると、向かい合って離れて座っている場合は行動・神経活動ともに一人でいるときと比べて有意な変化は見られませんでした。一方、テーブルの角を挟んで隣同士で座った状態では、両者の手が干渉してしまう競合空間が生じ、その空間にエサが置かれた場合は優位サルがそのエサを取り、下位のサルがエサを取ることはほとんどありませんでした。そのときの神経活動は、前頭前野、頭頂葉の両方で、サルの上下関係に基づく環境認知の違いに応じて異なった様式で神経活動を変化させていることが分かりました。

今回の実験では、自己及び他者の行う行動の認知に関しては、前頭前野と比較して頭頂葉の細胞がより強く反応し、さらに個体間社会構造の影響をより受けることが分かりました。また、環境情報の認知に関しては前頭前野と頭頂葉の両者が関係しているものの、前頭前野はより包括的かつ抽象的な社会環境認知を、そして頭頂葉は身体空間にもとづく社会環境認知を行っていることが示唆されるということでした。

Last update: 2007.01.05

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