セッション3:臨床
人工内耳と聴覚脳幹インプラント
加我 君孝 東京大学医学部 耳鼻咽喉科学教室
加我先生のご講演は先天性難聴に対する人工内耳および聴覚脳幹インプラントを用いた治療についてでした。
先天性難聴は遺伝子異常、風疹、サイトメガロウィルスなどによって生じることがわかってきましたが治療が難しく、人工内耳手術によって聴覚を獲得することが出来るようになり、今や標準的治療となっています。当初の人工内耳は単チャンネルで、なにか音は聴こえるそうですが言葉としは認識できるものではありませんでした。オーストラリアの会社が22チャンネルの人工内耳を開発し、この装置で言葉を聞きとれるようになりました。日本では1994年に人工内耳に保険が適応され利用者が増えはじめました。今では低年齢で手術をするほうが効果があるとわかり2歳前後で手術を行われるようになっています。しかし、学校教育での人工内耳に対する理解が今後の課題といいます。人工内耳装用者の言葉の認識は話者の口を見ることと併用すれば正答率は8割程度で、今後は、より薄く、音楽がわかるものが期待されています。
次に聴覚脳幹インプラントについてですが、聴覚脳幹インプラントは両側聴神経腫瘍により聴覚を完全に喪失した人に聴覚を再獲得させるために用いられます。手術ではまず脳幹の電気刺激による移植位置を同定し、蝸牛神経核の付近に多点刺激電極を移植します。加我先生の症例では、話者の口を見るのと合わせれば、単音の認識率は5-7割程度になっています。今後は、移植部位の同定法の確立や、音楽を認識する新しいアルゴリズムの開発が望まれています。
網膜電気刺激による視覚回復
不二門 尚 大阪大学大学院 医学系研究科 感覚機能形成学
不ニ門先生のご講演は、人工網膜と網膜電気刺激による視覚回復でした。
網膜は主に光を感知する視細胞、信号を変換伝達する双極細胞、脳に信号を送る神経節細胞から成っています。人工網膜は視細胞が変性してしまったけれど、他の細胞が生きている場合に、電気刺激をして視覚を回復させる方法です。人工網膜を網膜の上か下に置くという方法論の違いがあるそうですが、世界的には網膜の上に置く方法の方が多いそうです。基本的には、CCDカメラで捉えた画像をコイルを使って皮下あるいは目の中の電極に送信するそうです。
不ニ門先生たちは網膜に直接電極を接触させる方法はいくつか問題があるので、網膜の外側の強膜内に電極を置く方法を行っているそうです。動物実験によりこの方式が利用できることを検証し、網膜色素変性の患者さんに適用しました。9極電極を埋め込んで刺激が見えるかどうかを調べたところ、この患者さんはパチンコ玉程度の光を感じることができたそうです。今後は、長期的に利用可能で、より高解像度の装置を開発することを目指しているそうです。
2つ目のトピックは網膜電気刺激による視覚回復でした。電気刺激が神経細胞を活性化させるといことが先行研究からわかっているので、この方法を用いて視神経を保護できないかということです。電気刺激をするとIGF1という物質が増えて細胞死を抑制するそうです。この技術をコンタクトレンズ電極を用いて虚血性の視神経症患者に適用したところ、視力が回復し視野も広がったそうです。最後に、電極のインプラントなどの固い再生と、電気刺激による神経系の賦活や神経栄養因子の供給などを組み合わせたやわらかい機能再生を組み合わせた治療法がこれからの方向性だと仰っていました。
神経リハビリテーションと損傷脳の機能的再構成
宮井 一郎 特定医療法人大道会 森之宮病院
宮井先生のご講演は、神経科学の知見を活かして脳卒中患者のリハビリテーションの新しい方法を提案できるのではないかということでした。
能力障害の回復は、早期から多角的な方法で行うことが効果的であるそうです。運動機能障害から回復した患者は、健常者と異なった脳部位が活動するようになるそうです。例えば、健常者は左手指の運動を行う場合、大脳左半球の運動野という部位が活動しますが、その部位が損傷した患者は回復に伴い、左だけでなく右半球の運動野などより広い領域が活動するようになります。宮井先生たちは近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)を用いて機能障害が回復するまえと回復した後の歩行中の脳活動を調べたところ、回復した後では非対称的であった大脳半球の活動が改善したそうです。このような知見をもとに、機能改善と脳活動変化およびリハビリテーション介入と脳活動変化をみることで有効なリハビリテーション介入法の確立ができるのではないかとおっしゃっていました。
リハビリテーション課題の設定としては、患者が成功の報酬を得られるような簡単な課題から訓練していくことが効果的だそうです。さらに能動的な運動を行うような課題設定にしたほうが効果が大きいそうです。今後は、運動学習の観点から、練習の内容を工夫して効果を上げる方法や、薬物を利用した方法なども検討していくそうです。
脳損傷からの機能再建:皮質再組織化への外科的介入
片山 容一 日本大学医学部 脳神経外科
片山先生は脳腫瘍除去後の大脳皮質の再組織化と、脳深部刺激による再組織化への外科的介入についてご講演されました。
片山先生によると、機能再建は本質的に脳の再学習であり、個体と環境のインタラクションで起こるそうです。ですから、最終的にはリハビリテーションが必要になるといいます。
脳腫瘍の患者の腫瘍を摘出するとなると脳腫瘍の部分の機能を失うことになります。そのため、脳腫瘍摘出術ではその部分の機能を失っても脳腫瘍の摘出が重要なのかどうか問題になります。脳腫瘍を摘出する前に、PEGやfMRI、硬膜下グリッド電極、覚醒下開頭術などによって機能マッピングを行い、摘出する位置を決めるそうです。しかし、これらは空間的な機能局在を前提にしているといいます。このため、ブローカ言語野の摘出手術において、従来の手術では患者がしゃべらなくなるところの直前で摘出を止めていました。ところが、片山先生はブローカ野の腫瘍を全部取り除くという手術を行いました。手術中、患者は何もしゃべらなくなったのですが、1ヶ月もするとしゃべれるようになったそうです。従来の考えをくつがえし、ブローカ領域にある脳腫瘍の摘出手術は可能だとおっしゃっていました。
一方で悪い再組織化が起こる場合があるといいいます。つまり、痛みや振戦を誘発することがあるそうです。これらの症状に対しては片山先生は脳深部刺激(DBS)により治療を行っています。DBSを行うことで振戦が無くなり、さらにDBSを続けておくと脳が徐々に症状が良くなるそうです。 |