パネル討論・総括(意見交換)
2006年11月8日
討論者紹介 (敬称略)
司会:
伊佐 正 加藤 天美 川人 光男
パネリスト(五十音順):
飯島 敏夫(東北大学大学院 生命科学研究科)
大濱 眞(特定非営利活動法人 日本せきずい基金)
阪口 豊(電気通信大学大学院 情報システム学研究科)
櫻井 芳雄(京都大学大学院 文学研究科)
清水 公治(株式会社 島津製作所)
外山 敬介(株式会社 国際電気通信基礎技術研究所)
平田 雅之(大阪大学 医学部)
不二門 尚 (大阪大学大学院 医学系研究科)
室山 哲也(NHK解説委員室)
吉田 明(科学技術振興機構 研究開発戦略センター
伊佐(司会):
これからパネリストの皆様にコメント等を頂きたいと思います。
それでは、最初に日本せきずい基金の大濱理事に患者さんの立場からコメント頂きたいと思います。
大濱:
脊髄損傷の場合は、交通事故などで脊柱官内の中枢神経系が損傷していているが脳は正常に動いています。
最近、幹細胞などによる再生医療がかなり間近に見えてきております。
その中で私たちがこの「脳を繋ぐ分科会」に期待することは、脳を読むことで体をどこまで動かせるようにできるか。
再生医療の治験でのリハビリ段階で脳からの指令・情報をより効率的に手足に送り機能回復を促進に応用できないか。
今回の会で、脳の読み取り技術で非侵襲的技術は日本が優れ、期待されていることがわかりました。
我々から見ても針を刺す剣山型の手法はかなりきついのではないかと思われます。特に、米国の脊髄損傷者に対する治験での異常発汗は、私たちにとって危険信号の一つです。正直言って、現段階での剣山型侵襲的技術には疑問を持っています。このように
侵襲的技術には非侵襲に比較してリスクが高いので、非侵襲だけでなくその中間の硬膜下での読み取り技術にも注目すべきでしょう。
最終的に、私たちが期待することは、脳を読み取り、手を動かしその先の手の働き触感を脳にフィードバックする技術の完成により、一日でもはやく手だけでも動かしたい。ぜひ1−2年で技術的に克服していただきたいと思います。
伊佐(司会):
では、次に基礎の、脳科学のほうからということで飯島先生お願いします。
飯島:
この研究会の最初に日本のBMIがアメリカに10年遅れているという話がありましたが私はそうは思いません。またある部分についてはアメリカより進んでいるところも見受けられます。
それはさておき、BMIの話を学生にすると、彼らはすごいことできるんだ!と素直に感動します。 この感動こそが大事であり、脳を繋ぐということを通じて次世代の脳を社会に活かす人材の育成に繋がればいいと思います。
我々は侵襲型のものをやっておりまして、将来的に非侵襲型になるための実験段階であります。その侵襲型で進んでいると言われるアメリカの研究にもよく見ると欠点があると思いますので、我々は細かいことをキッチリやっていき、日本が優れている計算論的なところ、細かいところの責任感、というものを突き詰めていくことが重要だと思っております。
伊佐(司会):
次に、阪口先生お願いします。
阪口:
私は計算論の手法を使って脳の仕組みを調べる研究を行っております。脳の計算論的な研究では、理論的な研究が中心でこれまで脳のコーディングや表現に関する話があまり行われてきませんでした。しかし、この研究会のテーマである「脳を繋ぐ」という話をすると、必然的にコーディングの話をしなければいけません。ですので、「脳を繋ぐ」ということをきっかけに、コーディングや計算過程を陽に扱った新しい展開が生まれることを期待しています。
脳の中から何かを測って適当な処理をして、そのときの脳の状態を推定したりロボットを動かしたりすること自体は、脳活動の中にそれらを反映した情報が含まれているのであればそれほど驚くべきことではないと思います。私としては、情報を取り出すことに満足するのではなく、脳の中で何が本当に表現されているかを冷静に考える必要があると思っています。
それから、「脳を繋ぐ」ことの有用性は、やはり、人間を外側から観察するだけではわからないことがわかるようになることだと思います。そういう意味では、文脈や構え、運動の準備状態といった人間の内的状態の推定において有効に利用できるのではないでしょうか。
伊佐(司会):
では、櫻井先生お願いします。
櫻井:
BMIについて侵襲か非侵襲かでいうと、当然非侵襲であるべきで、患者さんに対しては非侵襲のメリットのほうが大きいと思います。
ただ非侵襲の限界を克服するためには脳の神経回路のメカニズムの関する知識が必要であり、ブラックボックスである脳の中身がどうなっているかを侵襲的な研究から探ることで、非侵襲技術のブレイクスルーがあるはずだと考えています。
電極を刺している技術に関して日本の個々の研究は遅れていないと思いますが、一番問題なのは、まだやっていないことです。日本の社会は新しいチャレンジングなことに対してコンサバティブですが、始めればいい研究ができることは明らかだろうと信じています。
伊佐(司会):
それでは、島津製作所の清水さん、お願いします。
清水:
今回のこの研究会に参加して、BMIはまさに異分野融合するのに最適な領域だと感じました。さらにBMIの技術は我々が次世代医療の中で中心的に扱っている分子イメージングと似通ったところがあります。分子イメージングでは使っているモダリティ(計測技術)は新しいわけではありませんが、何を見るかという目標が明確になっていて、それぞれのモダリティの特性を有効に利用しています。BMIにも、脳の可塑性をうまく使って目標に対してどこまでの精度でできればいいのかを設定することで、複数のモダリティでそれぞれを補ったり、PETのトレーサーな化学的に信号を取り出すようなプラスアルファのものを使えないかなど、異分野融合の中でアイデアが生まれてくるのではないかという期待があります。
そして、企業の立場から見ると基礎研究の部分は手を出しにくいので、目標をはっきりさせて国に支援してもらうことも大事だろうと思います。
伊佐(司会):
では、外山先生、お願いします。
外山:
2日間の話を聞いて、BMIで一番問題なのはインターフェースだと思うんです。その最たるものは電極だと思います。 ここで長期安定で逆に刺激可能の電極ができれば今のレベルでいえば95%の問題は解決できていると思うんですね。
もうひとつのインターフェースは非侵襲技術で、これもレコーディング(計測)とスティミュレーション(刺激)の問題があり、スティミュレーション(刺激)に関してはTMSなどもまだまだ粗いので、方向性を持って技術を改善していく大事ではないかと思います。
そして脳の情報処理に関しては、2つの大きな流れがあります。 Nicolelisなどは脳のあらゆる場所におけるあらゆる可塑性を利用するという方向でやっていますが、ただしこれでは脳がわからない。
もうひとつの方法としては、情報を抽出して戻してやるときに脳の情報処理の原理を活かしてやるという方法があり、そのどちらの可能性も捨ててはいけないと思います。
あとBMIが持つ科学のための役割として、川人さんが言う操作脳科学のように、情報をいじって仮説を検証することが必要だと思います。
伊佐(司会):
では、平田先生、お願いします。
平田:
我々はBCIというものに5年程前から関心を持ち、治療目的で硬膜下電極を置くてんかんの患者さんに協力をしてもらって随意運動時のα波やβ波の変化研究してきました。現在こうした脳律動変化を利用したBCIの実現をめざしています。
最近はデコーディングの技術も進んできており、非侵襲なMEGでも簡単な運動種類の弁別が可能になってきています。
我々はMEGも持っていますが、周波数帯にもよりますが硬膜下電極の方がSN比がはるかに高いので、硬膜下電極を用いたBCIは現時点でもそれなりの性能が出せるのではないのかと思っています。
今後は、非侵襲、侵襲をお互いに比較していき脳の活動を理解することで、新しいBCIに応用することができるのではないかと思います。
例えば脳律動変化を利用する場合にも、どのような特徴量を入力として利用すべきかなどを明らかにしていくことが重要だと思います。今後、医工連携を深めていってよりよいBCIを構築していきたいと思います。
伊佐(司会):
次に、不二門先生、お願いします。
不二門:
視覚再建と電気刺激によって細胞レベルの活動が起こることについてお話しさせていただきました。脳の細胞レベル、ネットワークレベルには冗長性があって可塑性があって、このような脳の柔らかい部分を利用しながら精緻な工学の技術をつかってどこまでいけるかということが私の方向性であります。
これまでに視覚系の脳でどのように処理されているのかはある程度わかってきていますが網膜を刺激することでどう変化するかはわかっていません。
TMSや電極で刺激して、物質や細胞、行動といったいろんな階層ごとでどう変化するかを調べて最終的に一番良いものを作っていく、あるいはその過程でリハビリテーションなどに発展させることで日本オリジナルなものができるのではないか、と思っています。
伊佐(司会):
では、室山さん、お願いします。
室山:
まず、この研究分野のように異分野が手を組もうとしているのは見たことありません。
ただ、議論を聞いてみて、やはりちゃんと伝えないとまずいなあという感じがしました。今わかっていること、今できること、まだできていないけど将来できること、がごちゃ混ぜになっているような気がします。
患者さんの医療の世界、一般人の世界は違うフェーズの話であり、うまく仕分けをして同時に伝えていく必要があると思います。一般の世論と研究をどう繋いでいくべきなのか、マスコミもその一端を担うならどうしていくべきなのかな、と思っています。
また、人間の能力を回復するということと健常者が変化するのは別の話であり、これをセットにしてBMIが人間の脳にどういう影響を与えるのか心にどういう影響を与えるのかをぜひ調べていただきたいと思います。
そして倫理基準をきちっと、独立したものとして他の倫理的な話とリンクして考えていくべきだと思います。
伊佐(司会):
では、吉田さん、お願いします。
吉田:
政策サイドからの意見を期待されていると思いますので、そのような方向で話を進めさせて頂きます。昨今、イノベーションという言葉があちこちで使われていますが、これは基礎的な知見で社会経済に革新的な変化を引き起こすものと定義しています。
そのイノベーションの中でも、いくつもの新しい知見が合わさって最終的に世の中にでるものは国で支援すべきだということが議論されており、これはまさにBMIに見かけ上、よく合うと言えると思います。
しかし最終的に世の中に出て行かないといけませんので、個々の研究は進んでいますが、
最終的に世の中に出て行くものを念頭に置いた上で、いまどういう風な形をすべきかを議論して頂きたいと思います。そういうトータルな議論がお聞きできると非常に参考になるかと思います。
伊佐(司会):
ありがとうございました。このあとはフロアを含めて議論を深めていこうと思っていますが、大きく3つに分かれると思います。1つは研究の方向性、2つ目はこの研究会をどう発展させいくべきか、そして最後に、他にどういった社会に対するインパクトが残せるか、といったことについて議論しようと思います。それではまず、研究の方向性についてご意見をいただきたいと思います。
平田:
運動種類の弁別などアウトプットに関するデコーディング技術は日本は進んでいると思うんですが、感覚野に対するインプットの方、どのような刺激をするべきか、また刺激により脳がどのような影響を受けるのか、そのへんの研究がまだ足りないのかなと思います。
外山:
それは刺激の研究が少ないということですが、そのへんはやはりTMSの精度をあげることが必要になってくると思います。
加藤(司会):
今回はLFP(Local Field potential)とか硬膜下電極といった話はあまりなかったのですが、こういった研究は他にどなたかされていますか?
伊佐(司会):
今回の北米神経科学会でもLFPの研究は多く有りましたし、スパイクとLFPと表面電極を同時にとってその意味を調べると行った研究も必要になってくると思います。
櫻井:
私の研究室でもLFPを使っていますが、非常に長期間安定していて、LFPは非常に有効であると思います。
飯島:
表面近くの浅い部分からのLFPだとすると入力を利用していることになりますが、それはどうなのでしょうか?
外山:
それはfMRIでもPETでもMEGでも同じで、入力信号を拾ってきているので、本当に出力部分を使いたいのであればユニットで取るしかないですね。
外山:
それともう一つ抜けている視点がありまして、それは老人を対象としたもので、NIRSなんかを使って脳を鍛えることでエイジングの問題に取り組める新しい産業になるのではないかと思います。
櫻井:
そのことに関しましては、私のCRESTのプロジェクトは老化した脳をBMIで変えるということを目的としております。
会場から:
研究者の方々は研究者、障害者、老人、と区切っていて、まるで人ごとのように見えるのですが、それはある日自分自身に降り掛かるかもしれないことで、そうなるとゆっくりしてはいられないと思うんです。そのような分裂した状態が悔しく思います。
不二門:
確かにそのような視点ってすごく重要だと思うんですね。患者さんの声を聞いているとすごいモチベーションにもなりますし。そのためにもインターネット上でわかりやすい言葉でを使ってたくさん情報発信することが世の中のためになると思います。
室山:
福祉関係の番組をやっていたときにあったんですが、障害者や高齢者に優しい社会は全員に優しいんですよ。どの人にも繋がっている世界があって、それを上手に抽出するべきだと思います。
会場から:
患者さんやそのような技術を必要とする人は、すぐに使えるものや医師とのインタラクションをしながら改良していけるものを求めていて、QOL(クオリティオブライフ)の観点に立った道具が求められていて、これはBMIのゴールとは別にあります。まだこの研究会においては何をゴールにどういう戦略を練っていくべきなのかが見えてこなかったというのが正直な感想です。このような多くの人が集まって話し合うことはめったにないので、いろんな人が意見を言える会にして欲しいと思います。
会場から:
日本の自動車は使い勝手がよくて安全であるということで世界から認められていると思います。そういう意味で日本の技術は誇れるものです。派手さがなくても
BMIの安全性を高めるものに関しては続けていくべきであり、日本の道は素晴らしいより良いものを、安全でより長持ちするBMI技術を作るということではないかなと思います。
室山:
宇宙開発における「はやぶさ」のように、この分野でも何かツボみたいなものがあるんじゃないかと思うんです。こういう話は国民の支持がないと進まないんです。自分たちが誰もが悩む何かにこの技術が答えを出してくれるかもしれないという気分になる進め方と自分たちの味方になるという位置づけ、というものがどうしても必要だと思うんです。人間のためになる愛に満ちたものを組み立てていただければ、みんなは理解する、そうでなければ反感を買う、そういう簡単な話だと思います。
伊佐(司会):
それではそろそろお時間です。どうもありがとうございました。 |