ATRに出向していたNTTの五味裕章さんらと発展させた小脳内部モデル[1,2]、ATRに私を招いて下さった乾敏郎先生と提案した順逆光学モデル[3]、Daniel Wolpertさんらと提案しNeural Networks誌に掲載したMOSAIC[4]などがあります。
ロボットに脳のモデルを埋め込むと言う斬新なパラダイムを、ERATO学習動態プロジェクトのグループリーダを務めてくれたStefan Schaalさん、ICORP計算脳プロジェクトの米国側の相方のChristopher AtkesonさんとグループリーダのGordon Chengさん等と構築しました[5]。現在ATR脳情報研究所ブレインロボットインタフェース研究室・室長の森本淳さんがMiguel Nicolelisさんと行った、Duke大学のサルとATRのヒューマノイドをインターネットで双方向に繋いで、ブレインマシンインタフェースによって歩行させる実験が印象深かったです[6]。
様々な計算モデルを実験で検証することや、理論にもとづく実験を行う事が出来ました。当時電総研におられた河野憲二先生の研究グループと共同で小脳内部モデル仮説を検証することが出来たのはとても幸運でした[7,8]。五味裕章さん、大須理英子さんやEtienne Burdetさんらとはロボットマニピュランダム[9,10]、今水寛さん等とはfMRI[11]を用いた実験にも手を付けるようになり、強化学習モデルに基づくfMRI実験については、私と銅谷賢治さん、春野雅彦さんが、世界で初めてcomputational model based neuroimagingと言う用語を使いました [12,13]。
超多次元のデータを多数のサンプルについて計測し、機械学習を応用して脳科学を精密科学にするという方向性が有望だと感じています。例えば安静時脳活動を複数のモダリティーで長時間計測する精密な実験、患者さんを含む2千人の脳ビッグデータ[14]、David Marr流の計算理論と脳ダイナミクスモデルが初めて統合される兆しがあること、柴田和久さん、渡邊武郎先生、佐々木由香先生と共同で開発したDecoded Neurofeedback[15]や、福田めぐみさんが中心になって開発したFunctional Connectivity Neurofeedback[16]などの新しいツールを用いて脳活動から心への因果関係を明らかに出来る神経科学を構築したいと考えています[17]。
参考文献
[1] Kawato, M., Furukawa, K., Suzuki, R. (1987): A hierarchical neural-network model for control and learning of voluntary movement, Biological Cybernetics, Vol.57, pp.169-185.
最近の話題
現代化学2010年6月号 No.471 ” ブレイン・マシン・インタフェース BMI倫理4原則の提案”
脳活動信号から脳に表現されている情報を解読し、その情報を使ってロボット を操作し、脳機能を解明する研究に取り組んでいる。
a) 計算論的神経科学
脳を創ることによって脳を知り、脳を創れる程度に脳を知る、という計算論的 神経科学の研究を行っている。脳が解いている具体的な問題を解く事により、初めて情報処理を明らかにできるという立場から、脳、身体、環境のなすダイ ナミクスを全体として理解する事を目指す。
b) ヒューマノイドロボットの開発
ヒト型ロボットCB-i、空電外骨格ロボットEXORのブレインマシンインタフェースによる制御などを通して、見まね学習、二足歩行、3次元視覚物体認識の発 達などの脳機能を理解する。
c)ブレインマシンインタフェース
脳と情報通信ネットワークを直接繋ぐ新しい技術ブレインマシンインタフェー スを、脳情報の推定や解読の数理統計研究に基づいて開発している。この技術を用いて、因果関係を証明できる操作脳科学を構築する事も目指している。
Computational Study of the Brain: 感覚−運動統合からコミュニケーションへ
計算論的神経科学
過去50年、脳の構造や機能について研究をする神経科学の分野は、めざましい進歩を遂げてきました。しかし、残念ながら主に脳の責任部位の解明や脳のある機能に重要な働きをする物質の特定に限られており、脳内情報表現や脳の情報処理過程については、あまり研究が進んでいませんでした。脳の情報表現と処理に関して十分に理解が進めば、視覚情報処理、スムーズで器用な運動制御、自然言語処理のような難題を解き明かすことができる人工的な機械やコンピュータプログラムをつくることができるでしょう。従来の神経科学研究のパラダイムから脱皮すべく、私たちは計算的な理解に基づくアプローチを採用し研究を続けてきました。換言すれば、脳を知るために脳を創り、脳を創るために脳を知り、また最終的には脳を創ることができる程度に脳を知ることを目指しています。さらに具体的にいうと、人間の脳が用いているのと同じ原理で機械、コンピュータプログラム、またはロボットが計算問題を解けるという長期的目標を定め、脳の情報処理についての研究を行ってきました。(文献1) このようなアプローチにより、視覚情報処理、腕運動における軌道計画のための最適制御の規範、小脳の内部モデル、ロボットの見まね学習、筋電図に基づくヒューマンインタフェース、脳活動推定アルゴリズムの開発、脳情報の解読と制御、ブレインマシンインタフェースの開発、リハビリテーション医学への応用などについて研究を続けてきました。スペースの関係上、ここでは内部モデルとロボットの見まね学習についてお話したいと思います。
小脳皮質の内部モデル
内部モデルとは、脳の外(文献2)に存在するある対象の入出力特性をまねることができる脳内の神経回路のことです。私たちは、運動学習により運動器官の内部モデルが小脳に獲得されるという仮説をたてました。フィードバック誤差学習という私たちのモデルでは、登上繊維入力が運動指令の誤差信号を提供し、平行繊維入力とプルキンエ細胞のシナプス荷重を変えることにより小脳皮質がダイナミカルシステムの入出力をひっくりかえした内部モデル、つまり逆モデルを学習して獲得します。この仮説はサルの生理学実験(文献1、3)、ヒトの行動実験(文献4、5)、ヒトの脳イメージング実験(文献6、7)により実証されました。今では一般的に小脳内部モデルは感覚ー運動統合だけではなくヒトの認知機能にとっても重要であると捉えられています。(文献1、2、8)
ロボットの見まね学習
脳の機能は脳についてのみハードウェアとして再現して研究をしても解明できません。全身や周辺の環境も作り出す必要があります。従って、このようなアプローチがロボット研究と深い関連性があることは明らかです。これまで、ロボット工学においてヒト知性の情報処理過程を解明するという科学的目的は、あまり重要視されてきませんでした。むしろ逆に、この目的は表には出されておらず、曖昧にされ、軽視されてきました。私たちは、計算論的神経科学を研究する目的で、サルコス社と共同でDBというヒューマノイドロボットを開発しました。DBは、動きが早く、人間と同じ大きさ、重さで、30自由度を持っています。4つのカメラ、人工前庭感覚、関節感覚、アクチュエータについたカセンサもついています。 (DB’s Home page). DBは、今では24個の芸ができるようになりました。それらの芸は、3つに分類されます。最初の分類は、見まねによる学習です。(1)沖縄舞踊見まね(カチャーシ)、(2)ロックンロールまね、(3)見まねによる棒立て、(4)見まねによるテニス、(5)ビデオカメラによる実時間運動認知、(6)パンチング見まね、(7)ジャグリング、(8)デビルスティック、(9)実時間見まねによる手の運動、(10)エアホッケー見まね、(11)箱ころがし、(12)小箱運び 2つ目の分類は、眼球運動で、(13)前庭動眼反射適応、(14)円滑性追跡眼球運動学習、(15)サッカード、(16)眼球運動プリミティブの統合 があります。3つ目の分類は、タスク力学・物理的相互作用・学習で(17)パドリング、(18)視覚−運動変換学習、(19)キャッチボール、(20)ドラミングの共演、(21)スティッキーハンド、(22)キャリブレーションなしの視覚−運動変換、(23)ヨーヨー、スリンキー、(24)柔軟物体操作があります。これらの見まね学習では、(A)小脳内部モデル、(B)大脳基底核強化学習、(C)大脳皮質確率的内部モデルが重要な計算原理となっています。
最近では全身に51の自由度を持ち、姿勢制御と歩行能力があり、ブレインマシンインタフェースによってサルの脳と1万キロ離れて接続されたCB-iを開発しました。(文献9)
文献
1. Kawato M: From ” Understanding the brain by creating the brain” toward Manipulative Neuroscience.” Philosophical Transactions of the Royal Society B (2007)
2. Kawato M: Internal models for motor control and trajectory planning. Current Opinion in Neurobiology, 9,718-727(1999). (c) Elsevier Science Ltd.
3. Shidara M, Kawano K, Gomi H, Kawato M: Inverse-dynamics model eye movement control by Purkinje cells in the cerebellum. Nature 365,50-52(1993).
4. Gomi H, Kawato M: Equilibrium-point control hypothesis examined by measured arm-stiffness during multi-joint movement. Science 272,117-120(1996).
5. Burdet E, Osu R, Franklin D, Milner T, Kawato M: The central nervous system stabilizes unstable dynamics by learning optimal impedance. Nature, 414,446-449(2001). (c) Macmillan Magazines Ltd.
6. Imamizu H, Miyauchi S, Tamada T, Sasaki Y, Takino R, Puetz B, Yoshioka T, Kawato M: Human cerebellar activity reflecting an acquired internal model of a novel tool. Nature, 403,192-195(2000).
(c) Macmillan Magazines Ltd.
7. Imamizu H, Kuroda T, Miyauchi S, Yoshioka T, Kawato M: Modular organization of internal models of tools in the human cerebellum. Proc Natl Acad Sci USA., 100,5461-5466 (2003).(c) PNAS.
8. Wolpert D, Kawato M: Multiple paired forward and inverse models for motor control. Neural Networks 11,1317-1329(1998). (c) Elsevier Science Ltd.
9. Kawato M: Brain controlled robots. HFSP Journal, 2(3), 136-142 (2008)