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セッション1:
経済学

開催のご挨拶

経済と倫理:
アダム・スミスの人間観

日本人はいじわるがお好き?!

ヒヨコの経済学:
予測利潤率に基づく選択

目先の得か?将来の得か?
理性と衝動の脳内メカニズム

セッション2:
遺伝学

セッション3:
マーケティング

セッション4:
脳と芸術

セッション5:
脳・心を読む方法

パネル討論・総括

伊佐 正
自然科学研究機構 生理学研究所

開会の挨拶として伊佐正先生が始めに脳を活かす研究会の設立からの経緯について述べられました。

まず脳を活かす研究会の設立の趣旨を説明され、その後に行ってきた研究会や体制についてお話ししていただきました。

これまで行った分科会のなかでCRESTのBMIシンポジウムと一緒に行われた「脳を繋ぐ」分科会や、サイエンスアゴラの一部として開催された「脳と社会」分科会とは異なり、今回の「脳を読む」分科会はこれまでに脳科学になっていない、なりたたないものを取り上げています。そのようなものをどういった形で脳科学として扱っていくのか、ということを考えていきたいと話されました。

今回は、普段聞けないようなことを聞いたり、わからないことがわかった、という会になることを期待していると述べられました。

伊佐先生のHP http://www.nips.ac.jp/hbfp/


堂目 卓生
大阪大学大学院 経済学研究科

堂目先生はイギリス経済学の歴史を専門となさっており、今回はその経済学の創始者と言われるアダム・スミスがどのような考え方を持って経済学を作ったかをお話ししていただきました。

特に、有名な「見えざる手」と呼ばれる市場の自動調整メカニズムを示したスミスが、

1.個人の経済行動を促す動機が利益追求だけなのか?
2.個人の利益追求が社会全体の利益に無条件に変換されるのか?

という経済学における利己的個人の合理性という問題を考えていたのかということについて、スミスの著書である2つの書物を挙げて説明されました。1つは、倫理学について書いた「道徳感情論」、もうひとつは経済学について書いた「国富論」です。

まず、スミスは人間が利害関係が無くても様々な行為に関心を持ち、喜んだり悲しんだりする「共感(sympathy)」を持つことに注目しました。想像力によって自分を他人の立場に置き換え、その時の感受作用の一致性から是認や否認を判断するという考え方です。しかし、すべての人から是認されることは難しいため、人は自分の経験に基づき「胸中の公平な観察者」を作り、一時的な感情だけに左右されない冷静な判断をするようになりました。そして「胸中の公平な観察者」の感受作用との一致や行為をうける人の感情への共感から報酬や処罰というものを判断している、とスミスは考えました。

この「公平な観察者」によって正義感や道徳観を反映した一般的諸規則が形成されます。このような感情に基づいた規則がフェアプレイ精神となって一般に受け入れられ、社会全体をうまく制御していると考えられました。もちろん人には利己心や虚栄心といったものも存在し、一般的諸規則を外れることもあります。しかし、スミスはそのような野心や虚栄心といったものを否定的には捉えておらず、それらがある程度あったおかげで人類は物質的に豊かになれたのだと言っています。

このようにスミスは利己的な合理性を想定していたわけではなく、感情や経験に基づいた経済学を考えており、今、それが行動経済学や神経経済学という分野として盛んになって来たとのことです。

最後に堂目先生は、共存と繁栄という普遍的な目的のために脳科学と社会科学が積極的に交流を進めていくべきだ、と仰って講演を終えられました。


西條 辰義
大阪大学 社会経済学研究所

西條先生には「日本人はいじわるがお好き!?」という非常に興味深いタイトルで、いじわる行動(スパイト行動)についてご講演いただきました。

いじわる行動というのは自分が得られる利益を小さくしてでも相手の利益が大きく減るような行動のことです。例えば、自分と相手の計2人の投資した合計が得られる利益に反映されるような囚人のジレンマ課題を行ったとき、日本人はいじわる行動とただ乗り行動が強くみられたそうです。

そのように、ただ乗りは防げるか?というとても重要な問題があります。これはNHKの受信料や京都議定書、公共財の問題として日常にも多く存在しています。この問題は理論的に解決されたと考えられていますが、数理モデルの結果が本当かわからないので、実験ラボで人々の行動を観察して検証する方法が取られました。

このような公共財問題で全員の参加が義務づけられた場合、日本とアメリカで実験結果を比較したところ、日本ではスパイト行動が多く見られました。また、参加するかしないかを選ぶことができるようなただ乗りを考慮した条件の場合、アメリカでは他人の事は関係なく自分の事だけを考えている結果になるのに対し日本では相手の利得を下げるようなスパイト行動が数多く見受けられました。

この実験の結果から、日本人は根っからいじわるな人が多く、自分が損をしてまでただ乗りをしようとする相手の足を引っ張り、協力しないと後が怖いというような状況を作り出しているかもしれないとのお話しでした。

西條先生の研究室では、このようなスパイト行動に関する脳活動がどの部位で見られるということを調べ始めており、このような神経経済学などを手がかりとして、人と人との関係と感情もきちんと分析する21世紀型の社会科学の構築を目指しているとのことでした。

西條辰義先生のHP http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~saijo/


松島 俊也
北海道大学大学院 理学研究院

松島先生は、動物が合理的な行動を行っているのかということについて、ヒヨコを用いた実験の結果をお話ししてくださいました。

動物はしばしば目の前の利潤を取らない猫またぎ行動を取る事があります。このようなとき動物にとって何が重要な変数なのかを調べるため、ヒヨコにオペラント学習をさせ、手掛かりと餌の関係を学習させます。そして、様々な条件で実験を行った結果、ヒヨコは将来遅れて与えられる餌を嫌う傾向がありました。

さらに利潤率に関連する係数を調べたところ、餌までの遅延と餌をついばむ回数といった労働コストが重要であることがわかりました。利潤率の予測に必要な処理時間は、餌に辿り着くまでの時間(遅延)と餌に辿り着いてからの時間(消費時間)といった生態学的に独立な時間変数の和で表現されている可能性があります。

これらを検証するために、ヒヨコの破壊実験を行いました。腹側線条体即座核コアの破壊によってヒヨコは衝動性を強めることを確認しました。ただし、これには文脈依存性がありました。また、大脳弓外套(arcopallium)を損傷させると、消費時間が短いものを選び、食べることを怠けるようになりました。これらの二重分離された実験から遅延時間と消費時間が重要であると確認されました。

ヒヨコを用いた実験結果から、動物は長期利益最大化のために一定の衝動性を持ち、それらは採餌空間に対して最適となることがわかりました。その一方で、動物は経済的合理性を逸脱して短期的に損をする行為を取る場合があり、利潤率が行動選択に関する唯一の因子ではなく、適応度に寄与する局面があるそうです。

今後、松島先生は利潤率に基づく選択のアルゴリズムを徹底的に調べ、最適性から逸脱させる因子とその機構を調べ、さらにその逸脱を担う遺伝子の同定や適合度による検証を行う予定とのことでした。

松島俊也先生のHP http://bio2.sci.hokudai.ac.jp/bio/chinou3/Welcome.html


田中 沙織
カリフォルニア工科大・ATR脳情報研究所

田中先生は行動選択に関わる脳内プロセスについてご講演されました。

すぐに得られるが小さい報酬と、すぐには得られないが大きい報酬のどちらかを選択するか、これが脳のどのような働きによって決められるのかについて研究しているそうです。

セロトニンと呼ばれる脳内物質が関わる脳内システムが損なわれると衝動的な行動をとるようになることから、田中さんたちは報酬予測の脳内メカニズムについて仮説(セロトニン仮説)を立てました。それは、脳内には、近い将来までしか予測しない回路と、遠い将来まで予測する回路が並列的に存在し、それらの活動をセロトニンが調節しているというものです。

そして、短期的な予測が必要な課題と、長期的な予測が必要な課題を行っているときの脳活動をfMRIで測定しました。その結果、大脳皮質と脳の内部にある線条体を結ぶ並列的な回路の、下部は短期的な予測に、上部は長期的な予測に関与していることがわかったそうです。

さらに、報酬予測におけるセロトニンの影響を調べるために、被験者のセロトニンの量を食べ物によって調節し報酬予測課題を行ってもらったそうです。その結果、セロトニンが少ない状態では線条体の下部が短期の予測に関わる活動を示し、セロトニンが多い状態では、線条体の上部が長期の予測に関わる活動を示したそうです。これらの実験結果は、セロトニンが報酬予測の時間を調節するというセロトニン仮説を支持するそうです。

このような知見や脳の数理モデルをもとにひとりひとりの人間に基づく経済学の構築をできるのではないかということでした。

田中沙織先生のHP http://www.cns.atr.jp/%7Exsaori/index_Japanese.html


Last update: 2007.02.08

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